007次回作『Bond 25』はどうなる? シリーズの現状と展望(4)

映画007シリーズ第25作、通称『Bond 25』の監督名が2018年5月に公式発表された。ダニー・ボイルである。ここでは、ボイルの『Bond 25』監督就任に至る道程を振り返りつつ、ボイル監督が『Bond 25』をどう料理するのか考えてみたい。

多忙を理由に断念せざるを得なかったドゥニ・ヴィルヌーヴと、新ボンド俳優起用を希望し将来の就任を虎視眈々と狙うクリストファー・ノーランに代わる『Bond 25』監督候補者として、昨夏から最有力視されていたのが新鋭ヤン・ドマンジュ。

しかしドマンジュに決まらなかった理由は何か。イオン・プロダクションのプロデューサーがドマンジュを推していたものの、MGMが新人監督を敬遠したとの噂が流れた。実際、過去にもイオンとMGMが監督の人選やキャスティングを巡って度々衝突している。最近の例は『007/カジノ・ロワイヤル』(2006)。この時は、MGMが監督にマシュー・ヴォーンを希望。イオン側はヴォーンが経験不足だと難色を示し、当人は希望しつつもヴォーンの監督就任話は流れた。ヴォーンはその後、テレンス・ヤング監督がショーン・コネリーを英国紳士スパイに育てた逸話を基に、『キングスマン』を創り上げている。

業界情報サイトが『Bond 25』監督の有力候補としてダニー・ボイルの名を初めて報じたのは今年2月。この時点でボイル就任は決定しておらず、内々定のような状態がその後もしばらく続いたと思われるが、それにしても意表を突くニュースだった。ボイルは過去作でも監督オファーが入る度に断ったとされ、複数のインタビューで多額の予算を費やす007映画は撮りたくない旨を繰り返し語っていたからだ。

ボイルは『トレインスポッティング』をヒットさせた後、初のメジャー・スタジオ映画となる『ザ・ビーチ』に挑むが、スタジオ側から様々な制約を受けて苦労したようだ。ボイルの誘いを受けたユアン・マクレガーは『スター・ウォーズ』のオファーを断り『ザ・ビーチ』に主演する準備をしていたが、スタジオからのプレッシャーを感じたボイルは、当時既にスターとなっていたレオナルド・ディカプリオを代わりに採用。これをきっかけに、マクレガーとの確執が長年続いた。007シリーズに限らず、自分がコントロールできない大作映画はもう御免だという心境を抱いていた。

プロデューサーが何度断られてもダニー・ボイルを諦めなかったのは、勝利の方程式に拘った為か。前任者サム・メンデス監督の『007/スカイフォール』(2012)は、世界興収11億ドル超の大ヒットを記録した。舞台演出を経験した後で映画界に進出しアカデミー監督賞を受賞。これは007シリーズ監督の中では、メンデスとボイルの二人のみに共通する経歴だ。また、どちらも就任以前にダニエル・クレイグと仕事をしている。実質的にプロデューサーの一員として活動しているクレイグの意向は、強く働いたはずである。

それにしても、長く渋り続けていたボイルが俄然やる気を出したのは何故だろう。ヤン・ドマンジュ採用計画が暗礁に乗り上げ、猶予のないプロデューサーやダニエル・クレイグがボイルに断りきれない好条件を土産に再オファーしたのか。

そもそもダニー・ボイルは007シリーズが嫌いではない。寧ろファンと呼ぶべきかもしれない。過去には、007映画は大好きで、子供の頃からフレミングの原作に興奮し何度も読み返した旨を語っている。『トレインスポッティング』では初代M役俳優バーナード・リーの孫であるジョニー・リー・ミラーを出演させ、ショーン・コネリーのファンを演じさせているし(ただし原作にも同様の設定がある)、エンディング曲でもコネリーの007作品が歌詞になっている。『スラムドッグ$ミリオネア』ではショーン・コネリーの名を台詞に使うなど、ファンを窺わせる演出が見え隠れしている。『サンシャイン2057』のミシェル・ヨー起用は、ボイルが『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)を観て気に入ったからのようだ。そして2012年には、ロンドン・オリンピック開会式で芸術監督に就任し、女王陛下と007の共演を演出している。

ダニー・ボイルはイギリス生まれだが、両親はアイルランド出身。政治思想を父親から受け継いでおり、共和制支持者。その彼が女王陛下の演出を手がけてイギリス国民を鼓舞、五輪を大成功へと導いたのはなんとも皮肉。この功績を背景に、ボイルは「サー」の称号が得られる爵位を王室側からオファーされたらしいが、それを辞退。反骨の人でもある。

ボイルは、開会式演出時に007映画の「素晴らしいアイディア」を考えついたとされる。この構想を発展させ、ジョン・ホッジが脚本を執筆開始。プロデューサーがホッジ脚本を承認・採用してくれるのならボイルは監督に正式就任、却下された場合、ボイルはプロデューサーお抱えのニール・パーヴィス&ロバート・ウェイドが既に書き上げていた脚本を使うことなく、プロジェクトから退く腹づもりだったようだ。

この一連の動きは、『007/慰めの報酬』(2008)でのロジャー・ミッチェルの件に類似している。ミッチェルは、プロデューサーから早期に『007/カジノ・ロワイヤル』の監督を誘われていたが辞退。その後、続編『007/慰めの報酬』監督の話が入り承諾、一時期は内定状態にあった。パーヴィス&ウェイドは2005年から『007/慰めの報酬』の脚本に取り掛かっていたものの、ミッチェルは彼らのストーリーを断り、自身が指名する新脚本家に書かせた。ボイルと違う点は、自分の選んだ脚本家の案がプロデューサーから却下されたことだった。最終的にミッチェルは自らの意思で同作の監督を降板している。

しかしボイルの場合は、自分の「アイディア」と相当なフリーハンドをもって『Bond 25』をコントロールできる力が得られたはずだ。つまり、ボイルは自分の思い通りの007映画を作ることが可能になった。だからこそ満を持して監督に就任したのだろう。

自信をもって挑むボイル作品では、かつてないユニークなドラマ展開が期待できる。原作に拘りがあるボイルなら、例えば、洗脳されたボンドがMI6に牙を剥くといった筋書があってもおかしくない。『007/スペクター』(2015)後半のシーンではボンドが一時気を失うが、実はそれ以降の出来事は全て夢物語で、『Bond 25』は正気に戻る場面からスタート、マドレーヌ・スワンが実父ブロフェルドの復讐を手伝いボンドを拷問する……といった思い切った内容を観てみたい。ボイル作品で多用される一人称ナレーションは、007シリーズにはこれまで一度も使われていないが、こんなシーンでなら似合いそうだ。

ボンド・ガール等のキャスティングでも、ボイルの才能が遺憾なく発揮されるだろう。彼は特に新人の発掘に長けている。『トレインスポッティング』のケリー・マクドナルド、『スラムドッグ$ミリオネア』のフリーダ・ピントはオーディションでボイルに見出されるまでは演技の素人だった。大作のスタジオ映画でこういった冒険は難しいだろうが、信任されたボイルであれば『Bond 25』でも我流を通せるかもしれない。ちなみに007シリーズでは、演技経験の浅い女優がボンド・ガールを演じるケースは少なくない。

お気に入りの俳優を幾度も起用する監督は少なくないが、ボイルもその一人だ。ボイル作品に複数回出演してきた有名俳優としては、ユアン・マクレガー、ロバート・カーライル、キリアン・マーフィーなどがいる。今のところ1作だけだがジョン・マカヴォイ、マーク・ストロング、マイケル・ファスベンダー、舞台ではベネディクト・カンバーバッチといった人気俳優も出演しており、このうちの誰かが『Bond 25』でも顔を出すかもしれない。『28日後…』の主演女優ナオミ・ハリスは、ボイルの舞台にも出演。これがメンデス監督の目に留まり、『007/スカイフォール』(2012)でマネーペニー役を掴んでいる。

主題歌も007映画を構成する上で重要な要素。多くの作品ではプロデューサーが歌手を選んでいるが、メンデスのようにボイルも人選を任されるかもしれない。メンデス監督の2作品はアカデミー歌曲賞を受賞しており、『Bond 25』を担当する歌手への期待とプレッシャーは否応なしに高まる。

現時点で誰が起用されるのか全く分からないが、エド・シーランがこのレースで一歩前に出ている可能性がある。シーランは007ファンで、既に自主的に007映画向けの楽曲を制作済みだと公言している。そのシーランはダニー・ボイル監督が現在制作のミュージカル映画に出演中。シーランはまたと無い機会として、ボイル監督に自分をアピールしたはず。彼ほどの情熱があるのなら、ミュージカル出演の条件として、抱き合わせで『Bond 25』での採用を迫ったとしてもおかしくない。

また、これまでに007映画への意欲を度々示してきたノエル・ギャラガーにも分がありそうだ。彼も頼まれもせず、007映画に合うとされる楽曲をポール・ウェラーと共同制作していた。ボイル監督はオアシスの音楽が好みらしく『トレインスポッティング』で彼らの楽曲を使う計画があった。結果的にメンバーのギャラガーはタイトルの言葉の意味を素直に受け取り、鉄道マニア(=trainspotting)の映画と勘違いして申し出を断ったらしいのだが。ボイルはその後も、別の映画でギャラガーに楽曲の依頼を検討していたという。『Bond 25』は三度目の正直となるか。

007シリーズで連続5作のスコアを担当したデヴィッド・アーノルドの復帰もあるかもしれない。アーノルドはボイル監督『普通じゃない』のスコアを手がけている。前2作はメンデス監督の指名でトーマス・ニューマンが担当したが、ベテランのアーノルドならプロデューサーも歓迎だろう。しかし、より現実味があるアーティストはアンダーワールドか。『トレインスポッティング』で彼らの楽曲が利用されて以来、ボイル作品で何度か使われているし、スコアも手がけた。五輪では音楽監督にも就任し、ボイルと共に仕事をしている。

最後になるが、主人公ジェームズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグの挙動に注目している。俳優の枠を超えて、名実共にプロデューサーとしても活躍しているクレイグ。制作にも口を出す俳優だ。監督にとってのクレイグは、会社で例えると部下でもあり経営陣の一人でもあるような複雑な立場といったところか。俳優兼プロデューサーはハリウッドで珍しくないが、ボイルにとって恐らく初めての対応になるはず。両者が真剣になるほど様々な場面で意見の衝突が起こるだろうが、実際のところボイル監督はどこまで『Bond 25』の舵を取れるだろうか。いずれにしても、その航海が待ち遠しいことに間違いない。


007次回作『Bond 25』はどうなる? シリーズの現状と展望(1)
007次回作『Bond 25』はどうなる? シリーズの現状と展望(2)
007次回作『Bond 25』はどうなる? シリーズの現状と展望(3)