007次回作『Bond 25』はどうなる? シリーズの現状と展望(5)

衝撃のニュースが今日(8月22日)舞い込んだ。ダニー・ボイルが『Bond 25』監督から辞任した。ボイルの降板理由を、これまでの『Bond 25』制作準備の流れを振り返りながら考える。

ダニー・ボイル監督就任の道程については既に前回のコラム(4)で触れたが、ボイルの動きはロジャー・ミッチェルのケースにますます酷似してきた。プロデューサーから007映画をオファーされるが一旦は辞退。その後の作品で再オファーが入り監督就任を受諾。プロデューサー御用達であるニール・パーヴィス&ロバート・ウェイド作の脚本を拒否し、自身が指名する脚本家の台本採用を求め、最後は「創造上の相違(creative diferrences)」を理由に辞任を自ら選択。ここまで挙げたのはすべてロジャー・ミッチェルと今回のダニー・ボイルの共通点である。

007シリーズで内定後の監督交代は先例がある。ただ、ボイルの場合は今年5月にその就任がプレスリリースで正式発表され、既に3ヶ月が経過していた。ボイルの監督決定を受け、今年12月に撮影開始、劇場公開も2019年10月にイギリス、11月にアメリカと同時発表されていた。クランクインまであと3ヶ月余という状況での電撃降板は007シリーズでも異例の事態だろう。

この3ヶ月の間の『Bond 25』制作準備の進捗についてだが、ロンドン市内のタワーマンションを舞台に、ボンドが屋上に飛来するアクション・シーンを想定し、撮影交渉が行われていた模様である。海外ロケ地に関しての確かな情報は出回っていないが、脚本に基づいて様々な地域でのロケハンも行われていただろう。

また、非公式ながらもボンド・ガールや悪役のキャスティング情報が飛び交っており、ボイルの指揮下で世界を股にしたオーディションが進んでいたようである。脚本家ジョン・ホッジ以外の主要スタッフとしては、プロダクション・デザイナーにマーク・ティルデスリー、スタント・コーディネーターはオリヴィエ・シュニーデルの就任が伝えられている。

このように準備が進む中、ここへ来て突如ダニー・ボイルが降板を決意したのは何故か。現時点ではその詳細が明らかになっていないため、全くの想像でしかないことを予めお断りしておきたい。

まず、ダニエル・クレイグやプロデューサーとボイルの間でボタンの掛け違いがあったとすれば、最初のきっかけは脚本かもしれない。プロデューサーの指名でニール・パーヴィス&ロバート・ウェイドは早い時点で『Bond 25』脚本を書き上げていた。しかしボイル監督は、ロンドン五輪開会式の演出時に自身が発案したとされる「素晴らしいアイディア」をベースにした盟友ジョン・ホッジの脚本採用を監督就任の条件としてプロデューサーに迫った。

ボイルの提案は斬新な内容で、過去のどの007映画とも異なる作風だったらしい。これをクレイグ&プロデューサー陣が両手を挙げて迎え入れたのか、妥協の産物としてしぶしぶ容認したのかは気になるところだ。いずれにしても、ホッジ脚本を読んだ上でクレイグとプロデューサーはダニー・ボイルの就任を決定したはずで、これについて今さらクレームをつけることはできない。しかし、荒い仕上がりの脚本(若しくは草稿)をベースにプロデューサー陣が承認し監督就任が決定したものの、映画ではつきもののリライト作業が必要となり、その段階で意見の衝突が発生しこじれた可能性はあり得る。

キャスティングに関する意見の相違があったことも十分に考えられる。主要キャストとなる悪役とボンド・ガールのどちらも広く公募にかけていたようだが、だとすれば、有名でない新人俳優をダニー・ボイルが好んで起用する可能性が生じる。ダニエル・クレイグや近年のプロデューサーは、少なくとも悪役には実績ある俳優を就けたいと考えているはずだ。

また、ダニー・ボイルによるスタッフの人選で問題が生じたかもしれない。ボイルは脚本家ジョン・ホッジに加え、プロダクション・デザイナーにマーク・ティルデスリーを据えた。ティルデスリーはホッジ同様、ダニー・ボイル監督作品に繰り返し参加しており、いわゆるボイル組のスタッフ(ロンドン五輪開会式で女王陛下と007の登場を発案しボイルへ提案したのもティルデスリーである)。007シリーズのプロダクション・デザイナーは脚本家同様、プロデューサーの要請で監督よりも先に決まる場合が多く、『Bond 25』でも既にデニス・ガスナーの続投が決まっていた。監督決定前から動いている、007映画の世界観に影響を与えるこの重要人材までも入れ替えたことに対し、プロデューサーらの反発が生じたことも考えられる。

あるいは、007映画が想像以上に厄介なプロジェクトであることに驚き、ボイルは匙を投げてしまったのだろうか。

前述のロジャー・ミッチェルで言えば、自身が指名した脚本家の案がプロデューサーから却下された後、しばらくの間、パーヴィス&ウェイドと新脚本の作成について協議しており、その時点ではまだ監督を続ける可能性もあった。しかし、ミッチェルはアクション映画経験がない自分が007を撮ることに終始不安を抱いており、脚本ができる以前から公開日が設定されていたことについても、準備時間が足りないとして不満だったらしい。後にミッチェルは、十分な時間があれば監督していたとも語っている。

ボイルもアクション主体の映画は未経験。また、ボイルは大ファンだったシリーズ作品である『エイリアン4』の監督オファーを引き受けたが、必要とされるCGの知識が自分にないことを思い知らされ、最終的には降板している。ボイルは、自身初のアクション大作映画『Bond 25』と同時進行で、映画『All You Need Is Love』(仮題)の撮影とポスト・プロダクションにも入っており、両作とも来年の公開日が決まっている中、多忙を極めていたボイルの心労は察するに余り有る。

では、新監督の人選はどうなるか。

ボイルの監督就任直前には、ヤン・ドマンジュを筆頭にデヴィッド・マッケンジーらが候補になっていたが、再度ドマンジュにチャンスが巡ってくるのだろうか。業界記者の情報では、『ミッション:インポッシブル』シリーズの『ローグ・ネイション』と『フォールアウト』で監督を務めたクリストファー・マッカリーが早くも噂になっているようだ。しかし、これはあり得ない。半世紀以上の歴史の中で、007シリーズにはアメリカ人監督不登用の不文律が出来上がった。これがなければ、とっくの昔に007映画大ファンのスピルバーグが監督になっていただろう。万が一、マッカリーが監督に就任すれば、ファンにとっては天地がひっくり返るような出来事になる。藁にもすがる今のクレイグやプロデューサーが、アメリカ人を起用する可能性がゼロとは断言できない怖さはあるが。むしろ、サム・メンデスの再登用やクリストファー・ノーランの方がまだ現実的と言える。

現状の、今年12月にクランクイン、2019年10月にイギリス公開というスケジュールを保つのは厳しそうだ。先週、MGMは投資家との電話会談を開催し『Bond 25』は予定通り公開される旨を発言していた。ボイルの辞意表明は青天の霹靂だったのだろう。イオン・プロダクションやMGMは今頃、大混乱に陥っているはずだ。もし当初のスケジュールで公開するとしたら、ダニエル・クレイグやプロデューサーの意向に逆らわない忖度監督の採用が今すぐ必要になる。拘りの監督が就任するなら、2019年公開はもはや不可能だ。007シリーズはプロデューサーによるプロデューサーの為の映画とも言え、監督の権限が様々な制約を受けていた。ボイル監督の『Bond 25』はシリーズに風穴を空ける斬新な作品になっていたはずだが、それだけに今回の降板は非常に残念である。

そして、惜しむらくは、ダニー・ボイル監督が満足気に語っていた「素晴らしいアイディア」。このアイディアを元に展開されたジョン・ホッジ脚本は一体どうなるのか。クレイグやプロデューサーがこれを気に入ったのならば、そのまま生かす可能性はあるが、実際に日の目を見ることはあるのか。それともパーヴィス&ウェイド脚本に立ち戻るのか。双方の脚本をミックスさせるのか。時間をかけて新監督と新しい脚本を作るのか。どう転ぶにしても、ここまで来たのならば拙速に事を進めるのではなく、2020年の公開を目指した丁寧な仕事を制作陣には望みたい。


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