『Bond 25』新監督にダニエル・クレイグを

「世界を救えるのは私だけ」と豪語するタキシード姿の男が昔いたが、迷走する『Bond 25』を救えるのは、もはやダニエル・クレイグ本人だけかもしれない。撮影突入まであと3ヶ月という差し迫ったタイミングで、ダニー・ボイルが『Bond 25』の監督を電撃辞任した。こうなってしまうと、新監督にはダニエル・クレイグが就くしかない。

ボイル監督の降板理由については、既に様々な報道がなされている。ボイルとジョン・ホッジが構築した筋書は、ロシアとの現代版冷戦がテーマで、政治色が濃く現実味を帯び過ぎた旨の噂もあり、これをダニエル・クレイグやプロデューサーが嫌ったともされている。そもそも、ジェームズ・ボンドは冷戦構造下の産物。シリーズでは度々ロシア人が敵方として登場しているが、映画版では国家としてのロシアを直接敵視していない。ゲームの良きライバルのような立ち位置である。世界市場に進出する娯楽映画としては賢明な描き方だったが、ボイルは一線を超えてしまったのか。

キャスティングを巡る意見の衝突も原因として伝えられている。ボイルはオーディションを実施し、メインの悪役として国際的知名度の低いポーランド人俳優を希望、しかしダニエル・クレイグがこれに反対した模様だ。ダニー・ボイル監督は、重要な役どころに敢えて新人を起用、その隠れた才能を開花させる得意技を持っている。一方のダニエル・クレイグとプロデューサーは、『007/スカイフォール』(2012)と『007/スペクター』(2015)の2作連続で、世界的に定評のあるオスカー俳優を直接指名し悪役に就かせている。その流れは、恐らく『Bond 25』でも続けたかったのだろう。

『ザ・ビーチ』での失態を後悔しているボイルにとって、脚本内容もそうだろうが、キャスティングは監督として譲れない線だったことに間違いない。『Bond 25』以前に何度か007映画の誘いがあっても断っていたのは、キャスティングなどで自由の効かない大型予算映画を嫌っていたからだ。ボイルはこれについて何度も公の場で発言しており、ダニエル・クレイグやプロデューサーも当然承知していた。ボイルがキャスティングで自分の流儀を通したいことは、監督就任前に両者が膝を突き合わせ理解しているはずだが。『ザ・ビーチ』の二の舞を避けたかったボイルが、撮影開始前に辞任を選んだのはむしろ自然の成り行きに思える。

クレイグに取って欲しかった行動は、ボイルが下す決断のサポートだ。妥協できないのであれば、そもそもボイルを監督に起用すべきではなかった。ボイルには、確立した自分の流儀・拘りのスタイルがある。その監督を評価し起用するからには、世間が支持した監督の流儀も尊重すべきだ。サム・メンデスとダニー・ボイルという二人のオスカー監督と続けて喧嘩別れするクレイグには、監督へのリスペクトと流儀の理解が不足していると思わざるを得ない。

クレイグは『007/スペクター』で初めて「共同プロデューサー」として正式にクレジットされたが、デビュー作『007/カジノ・ロワイヤル』(2006)から既にプロデューサー並みの権限を振るっている。エヴァ・グリーン、マッツ・ミケルセンやメンデス監督の起用、軍艦島の登場、そして英国を象徴するスパイがアメリカン・ブランドのスーツを着用することになったのも、クレイグの趣向である。

歴代のボンド俳優にそこまでの権限はなかったが、何故クレイグは絶大な力を得たのか。話は2005年に遡る。ピアース・ブロスナンをMI6から解雇したプロデューサーは、6代目ジェームズ・ボンドのオーディションを開く。最終選考まで残ったのがダニエル・クレイグとヘンリー・カヴィル。カヴィルの落選理由として真しやかに伝わっているのが「若すぎた」から。確かに当時22歳で、ボンド役にはかなり若い。しかし、実年齢も見た目も若いのは初めから分かりきっていることで、最終選考まで検討する必要性はない。恐らく表向けの理由だろう。何よりも、当初はその年齢設定で撮影する動きが見られた。カヴィル推しのマーティン・キャンベル監督の意見を押しのけたとされるのが、最終権限者のプロデューサー、バーバラ・ブロッコリである。

ブロッコリは役者としてのクレイグ、男としてのクレイグに惚れ込んだ。そこが彼女の弱みで、クレイグにとっては好都合だった。クレイグはオーディション中にボンド役への熱意を示していなかった。仕事の合間に海を越えてわざわざ参加していたからには、やる気があったはずなのだが。いずれにしても、ブロッコリは気乗りしない様子のクレイグを是が非でもボンド役に口説くため、破格の好条件を提示したのだろう。それが主演俳優+プロデューサーに準じる待遇だった訳だ。カヴィルを落選させ、クレイグがボンド役に就任した。そして、ブロッコリは手綱を引き締める立場にあったが、手綱を放してしまった。これが、クレイグが本来進むべき道をはずれ、暴走を始めたきっかけだ。007映画を次々と興行的に成功させたクレイグは、この暴走をさらに加速させている。

クレイグ暴走の一端を垣間見る気がしたのは、『007/スペクター』(2015)時の「手首を切ったほうがマシ」発言と、それに続き、進退を明らかにしない「辞める・辞めない」ゲームを始めた時だ。奇遇だが、ロジャー・ムーアも同様に4作目の出演後、ボンド役からの引退を示唆。続く作品では新ボンド俳優の就任を念頭に脚本執筆が進んだが、最終的にムーアはシリーズに復帰。これ以降も1作毎に態度を明確にしない状況が続いたが、結局ムーアは合計7作でボンド役を演じることになった。

ムーアの時は公開の遅延は起きなかったが、クレイグの場合は大きくずれ込んだ。「辞める・辞めない」ゲームを早期に切り上げれば、2017年か2018年には『Bond 25』を公開。前作で残った課題にも決着をつけ、惜しまれつつも有終の美を飾ってシリーズから勇退できていたはずである。10代の頃には考えたこともなかったが、年を重ね健康を害するうちに、自分はあと何本の007映画が観れるのだろうかという切実な疑問が湧く。その意味でも、クレイグの行動は残念だった。

なお、『Bond 25』はクレイグの最終出演作と捉えられているが、その唯一の信頼できる根拠はテレビ番組に出演したクレイグの「これで最後だと思う」発言であり、制作サイドの発表や発言は出ていない。歴代ボンド俳優のケースでも、事前に今作で引退とは発表されていない。つまり、事情が変化した時のためにドアは開けてある。プロデューサーの為にボンドを演じることを嫌ったショーン・コネリーも、「ネバーアゲイン」と言い放ったが、結局、2度も復帰した。ボンドが死ぬとも噂されている『Bond 25』の筋書にもよるが、クレイグが『Bond 25』後に「辞める・辞めない」ゲームを再開し、続投しつつも公開年を遅らせる可能性はある。「死ぬまでやるからよろしく」と言い直すかもしれない。

もはや、絶対的とも言える権力を掌握したクレイグにとって、納得のできる働きをしてくれる監督はこの星に存在しないのではないか。だとすれば、公開時期の延期も考えざるを得ない状況下にある『Bond 25』で円滑に新監督を務められるのは、クレイグ本人しかいない。クレイグに監督の経験はないが、007映画に関しては制作の流れをどの監督候補よりも熟知している。技術的な細かい点は、旧知のスタッフがサポートしてくれるだろう。クレイグがその気なら、ブロッコリも支持してくれる。「監督=ダニエル・クレイグ、主演=ダニエル・クレイグ、原案=ダニエル・クレイグ」だ。壮大な自主制作映画のようだが、話題性も抜群だ。クレイグ監督作の『Bond 25』が成功すれば「院政」も夢ではない。つまり、ボンド役は引退しても、監督(兼共同プロデューサー)として今後もシリーズに君臨する。

ミスター・クレイグ、あまり時間は残っていないが、一度検討されてみてはいかがだろうか?