007次回作『Bond 25』はどうなる? シリーズの現状と展望(6)

映画007シリーズのアイデンティティーを揺るがす“事件”が起きた。『Bond 25』を辞任したダニー・ボイル監督の後釜に、シリーズ史上初となるアメリカ人監督が誕生した。これは特筆すべき路線変更ではないだろうか。

英米合作である007シリーズ全24作でこれまで監督を務めてきたのは11人。今回辞めたダニー・ボイルも含めると12人。彼らはイギリス本国か英連邦諸国の出身(以降は便宜上“イギリス系”とまとめて表記)で、例外的にドイツ出身者が1人いるものの、全てが非アメリカ人(アメリカ国外の生まれ・育ち)だ。過去に候補となったアメリカ人は複数存在しており(近年ではスティーヴン・ソダーバーグ等)、アメリカ人向けの門戸も表向きには完全に閉ざされてはいなかったが、実質的にイギリス系優先レーンが敷かれていたと言える。

制作会社イオン・プロダクションはイギリスの会社で、制作拠点はロンドン郊外のパインウッド・スタジオ。つまり007シリーズはイギリス映画だ。主人公はイギリス人だし、スタッフの多くはイギリス系で、監督もイギリス系を採用するのはごく自然だ。

ただし、出資しているのはハリウッドであり、アメリカ映画という側面もある。ハリウッドは絶対数においてイギリスを上回る優れた人材を輩出しており、その観点からは、時折アメリカ人を起用することがあっても不思議ではない。この状況下で非アメリカ人を半世紀に渡って登用し続けてきたのは、単なる偶然の積み重ねとは思えず、強大なハリウッドに対するささやかな抵抗が感じられ、共鳴できるものがあった。

007シリーズで最多となる5作を手がけたベテラン監督ジョン・グレンは、アメリカ人監督就任の一報が世界を駆け巡ったその日にこう語っている。「大ショック。期待外れだ。007映画はアメリカナイズされたのか?」と。1960年代から編集や第2班などで下積みを経験し、長くシリーズに関わってきたグレンにとっての偽らざる心境だ。

007シリーズ初の監督はイギリス人テレンス・ヤング。ケンブリッジ大学を卒業し、第二次世界大戦ではイアン・フレミング同様、諜報活動に従事したそうだ。撮影現場でもスーツ姿を好むヤングは、自身も愛用していたアンソニー・シンクレアのスーツとターンブル&アッサーのシャツを初代ボンドに就任したショーン・コネリーに与え、立ち振る舞いを教育。ヤングは自身の姿をコネリー=ボンドに投影させた訳だが、後のユナイト社長もテレンス・ヤングこそボンドその人だと評価している。もし初代監督がアメリカ人だったら、今とは一風違った007シリーズが出来上がっていただろう。

第19作『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999)では、マーティン・キャンベルに断られたプロデューサーが、メキシコ出身のアルフォンソ・キュアロンに監督のオファーを出した。しかし、同作の脚本家ロバート・ウェイドは、キュアロンが007映画の「英国らしさ」を理解しているのかと疑問視している。同作の冒頭、テムズ川を舞台にボート・チェイスが繰り広げられるが、キュアロンはニューヨークのハドソン川での撮影を希望したらしい。少なくとも筋書き上はロンドンを舞台にする必然性があった。これが一因なのかは不明だが、結果的にキュアロンは降板している。

第22作『007/慰めの報酬』(2008)では、またしてもキャンベル監督が辞退、最後はドイツ出身のマーク・フォースターが監督に就任した。その際にはプロデューサーから「あなたがシリーズ初の非イギリス系」と言われたそうで、フォースターはプレッシャーを感じたという。プロデューサーもそれを相当意識していたはずだ。

1962年に第1作が公開された007シリーズは、今年で57年の歴史がある。仮に今日、新たな映画が産声を上げて長期シリーズ化したとしても、今の007映画と同じ年月を重ねるのは57年後。気が遠くなる話だ。当然、その頃の007シリーズは57年先を走って百周年を祝い終えている。ともかく、この長い時間をかけて育まれ、007シリーズで伝統と化した「英国らしさ」(ブリティッシュネス)の一例がイギリス系監督の活躍だった。

映画の世界に限ったことではなく、始まりは偶然であったとしても、それが長く続けば慣習・伝統・文化になる。側から見れば取るに足らない拘りに見えることも多いが。何を守って、何を変えるべきか。その舵取りは難しい。

今後は『Bond 25』をきっかけに、007映画を目指すハリウッドのアメリカ人監督達が、堰を切ったかのようにプロデューサーの所へ押し寄せるに違いない。

ダグ・リーマン監督は子供の頃から007ファン。監督のキャリアを積んでからも、007映画の監督が夢だと語っているが、リーマンはイギリス系しか雇わない状況を嘆き、諦めて『ボーン・アイデンティティー』を監督した。一時は、廉価版007映画を撮ったような気分になり落ち込んだそうだ。今はリーマンのようなアメリカ人にも光明が差した訳だ。

しかし、今後の007シリーズで、アメリカ人監督が怒濤のように次々誕生するとは考え難い。

ダニエル・クレイグの『Bond 25』続投表明直後に監督の有力候補者が報道され始めたが、ボイル就任の正式発表までに10ヶ月を要した。一方で、ボイル辞任から新監督就任発表までの期間は僅か1ヶ月である。

この1ヶ月間に新監督候補となったのは、ヤン・ドマンジュ(フランス出身で幼少期にイギリスへ移住)、ジャン=マルク・ヴァレ(カナダ人)、バート・レイトン(イギリス人)、S・J・クラークソン(イギリス人)。イギリス系を優先していたのは、ほぼ間違いないだろう。クラークソンを除く3名は、いずれも多忙や経験不足を理由に身を引いたことを明らかにしているが、このうちの誰かが首を縦に振っていればアメリカ人監督の就任は実現しなかった可能性は高く、今回は緊急避難的な措置だったとも考えられる。

ただ、この“事件”が、一つの大きな分岐点を超えたことには違いない。最初は変化に気づかなくとも、切り替わった路線を進むにつれ、これまでとは全く違った風景が見えてくる。その行き着く先は、アメリカ人ボンドの登場だ。

「英国らしさ」を守る、その最後の砦がイギリス系俳優の演じるジェームズ・ボンドだ。これまで登場したボンド俳優は6人で、いずれもイギリス系。ピアース・ブロスナンの出身国アイルランドは旧英連邦であり、広義のイギリス系と言っていいだろう(奇しくも、彼はアメリカ国籍を手に入れた後でボンド役を首になった)。007シリーズ黎明期には、ボンド役にアメリカ人が検討・オファーもされているが、ティモシー・ダルトン就任時点で、現プロデューサーのマイケル・G・ウィルソン氏が、ボンド俳優はイギリス系に限ると明言している。

しかし、そのウィルソン氏が007シリーズから身を引く日は遠くない。3代目となる子息が現在イオン・プロで下積みをしているのは代替わりへの布石であり、バーバラ・ブロッコリとこの3代目が共同で007シリーズの将来を背負っていくことになるはずだ。

実は、イオン・プロの軸足が既にブレ始めている。これまでは007映画専業が伝統だったが、近年はブロッコリの主導で様々なアート系作品の制作に乗り出しており、今年末にはシリーズ化を狙った新スパイ映画の公開も控えている。007映画がイオンにとっての最優先案件であることに変わりはないだろうが、以前よりも関心が薄れてきたように思えるのだ。

新たなプロデューサー・コンビが、アメリカ人ボンドの決断を下す日は、いずれやって来るのかもしれない。


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