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ロジャー・ムーアを偲ぶ会に多数のゲストが参加

ロジャー・ムーア公式ツイッターによると、2017年10月15日、パインウッド・スタジオで故ロジャー・ムーアを偲ぶ会が開催され、多くのゲストが参加したようです。

参加したのは、親族や、ムーアの友人で俳優のマイケル・ケイン、ジョーン・コリンズ、スティーヴン・フライなどの他、007映画の共演者やスタッフなど。ウェセックス伯爵夫人は、パインウッド・スタジオにあるサウンドステージの一つが「The Roger Moore Stage」と命名されたことを発表しています。

なお、ツイッターでこれまでに紹介された主な参加者のうち、007関係者は以下の通りです。

俳優
ユーニス・ゲイソン(『007/ドクター・ノオ』『007/ロシアより愛をこめて』)
マデリーン・スミス(『007/死ぬのは奴らだ』)
グロリア・ヘンドリー(『007/死ぬのは奴らだ』)
ジョン・グローヴァー(『007/ユア・アイズ・オンリー』)
リン=ホリー・ジョンソン(『007/ユア・アイズ・オンリー』)
ジョン・ワイマン(『007/ユア・アイズ・オンリー』)
ジョン・モレーノ(『007/ユア・アイズ・オンリー』)
スティーヴン・バーコフ(『007/オクトパシー』)
トニー&デヴィッド・マイヤー(『007/オクトパシー』)
キャロル・アシュビー(『007/オクトパシー』『007/美しき獲物たち』)

スタッフ
マイケル・G・ウィルソン(プロデューサー)
バーバラ・ブロッコリ(プロデューサー)
モンティ・ノーマン(作曲家)
レスリー・ブリッカス(作詞家)
ティム・ライス(作詞家)
ヴィック・アームストロング(第2班監督、スタント)
ウェンディ・リーチ(スタント)
グレッグ・パウエル(スタント)
ロッキー・テイラー(スタント)
ポール・ウェストン(スタント)
ピーター・ラモント(プロダクション・デザイナー)
アラン・トムキンス(アート・ディレクター)

パインウッド撮影所 「ザ・ロジャー・ムーア・ステージ」を発表

パインウッド・スタジオは2017年10月15日、ステージの一つを、故ロジャー・ムーアの名を冠し「The Roger Moore Stage」にしたと発表しました。

この日は、5月に亡くなったロジャー・ムーアの家族や友人らがパインウッドに集まり、偲ぶ会に参加したようです。なお、前日はロジャー・ムーアの90歳の誕生日でした。

イギリス・バッキンガムシャー州にあるパインウッド・スタジオには20以上のステージがありますが、人名のつけられたステージはこの他に3つ。プロデューサー名を冠した「Albert R. Broccoli 007 Stage」、007シリーズのキャラクター名が付いた「Q Stage」と、「The Richard Attenborough Stage」です。

デヴィッド・ボウイ ロジャー・ムーアの来訪を恐れていた

The Times(2017年9月14日付)は、9月12日に出版された、故デヴィッド・ボウイの伝記『David Bowie: A Life』を紹介しています。

プライバシーを重んじるデヴィッド・ボウイがスイスへ移り住んでから間もないある日のこと。午後5時30分にドアをノックする人物が。その訪問者はボンド俳優ロジャー・ムーア。部屋の中に迎えられたムーアはグラスを傾けながら、『007/死ぬのは奴らだ』撮影の裏話をボウイに語ります。その翌日、同時刻にムーアは再訪。同じような話をまた始めます。結局ムーアは2週間毎日これを繰り返した為、デヴィッド・ボウイは5時30分になると、テーブルの下に隠れるようになったのだとか。

ロジャー・ムーアは異国に住む同じイギリス人の話し相手が欲しかったのでしょうか。

なお、デヴィッド・ボウイはムーアのボンド最終作『007/美しき獲物たち』の悪役マックス・ゾリンのオファーをもらい、一旦はその配役が報じられましたが、最終的にボウイは辞退しています。


9/21 追記:ロジャー・ムーア公式ツイッターは9月21日、この話しを「全く事実ではない」と否定しました。

ロジャー・ムーア出演の新『The Saint』 米で配信へ

BroadwayWorld(2017年6月27日付)によると、米・20世紀フォックスホームエンターテイメントが『The Saint』を7月11日にデジタル配信すると発表したようです。

オリジナルは1960年代にイギリスで制作されたテレビ・シリーズ。ロジャー・ムーアは主役のサイモン・テンプラーを演じ、日本でも『セイント 天国野郎』として放送されました。

新たな『The Saint』は当初、権利を取得したロジャー・ムーアが2013年に新シリーズ化を見込んでパイロット版として製作し、サイモン・ウエストが監督を務めましたが、放送局は見つからずにお蔵入りとなっていたもの。今回は監督の名義をアーニー・バーバラッシュに変更、2時間のテレビ映画としてデジタル配信されるようです。

新『The Saint』のサイモン・テンプラー役は英国俳優アダム・レイナー。共演にエリザ・ドゥシュク。ロジャー・ムーアや、1970年代放送のシリーズでテンプラーを演じたイアン・オギルビーも脇役で参加しています。

ロジャー・ムーア自伝『Roger Moore: À bientôt…』が2017年9月に出版

Michael O’Mara Books によると、5月23日に死去したロジャー・ムーアの自伝『Roger Moore: À bientôt…』が2017年9月14日、イギリスで発売されます。

これは、ロジャー・ムーアが亡くなる数週間前に書き上げたもの。幼少時代の思い出から、晩年の生活までを振り返ります。タイトルの『À bientôt』はフランス語で、再会を期待する別れの挨拶。

ロジャー・ムーアの著作としてはこの他に、初の自伝となった『My Word Is My Bond』(2008)、俳優としてのキャリアや交友関係により重点を置いた回顧録的な『Last Man Standing』(2014)、007映画をムーアの視点から紹介する『Bond on Bond』(2012)、『007/死ぬのは奴らだ』の撮影日誌である『Roger Moore as James Bond』(1973)などがあります。

ピアース・ブロスナンが追悼文 ロジャー・ムーアは「ヒーロー」

Variety(2017年5月30日付)は、5代目ジェームズ・ボンド俳優ピアース・ブロスナンからの寄稿文を掲載しています。

内容は、ピアース・ブロスナンが自身にとって「ヒーロー」であるロジャー・ムーアのおかげでジェームズ・ボンドを演じるまでに至った人生を振り返りつつ、ムーアを追悼するもの。

ピアース・ブロスナンはイアン・フレミングがこの世を去った日(1964年8月12日)、祖国アイルランドを離れてロンドンへ到着。その週末に両親と映画館でショーン・コネリー主演『007/ゴールドフィンガー』を鑑賞。

しかし、ブロスナンにとって最初の「ヒーロー」と呼べる存在は、テレビ『セイント』でサイモン・テンプラーを演じていたロジャー・ムーアだったそうです。

12歳の時には、両親に連れられた遊園地で列に並び、ムーアのサインを貰ったのだそう。ブロスナンが今までにサインをお願いした俳優はムーアただ一人とのこと。

ムーアが3代目ジェームズ・ボンドになると、その存在はブロスナンの中でより大きくなり、いつしか自分も俳優を志すように。ユーモアでボンドを演じるロジャーは素晴らしい俳優で、憧れだったとしています。

カサンドラ・ハリスが『007/ユア・アイズ・オンリー』(1981)のボンド・ガールに選ばれた際は、夫としてギリシャでのロケを見学。ロジャー・ムーアと再会を果たし、暖かい歓迎を受けたそうです。

なお、ブロスナンはこの際に007プロデューサーのカビー・ブロッコリとも顔見知りに。その後、ドラマ『探偵レミントン・スティール』で人気俳優となり、5代目ジェームズ・ボンド就任へと繋がります。

再びロジャー・ムーアと会うのは、ブロスナンの007デビュー作『ゴールデンアイ』(1995)のセットで。ムーアへの畏敬の念は消えていなかったそうです。最後に会ったのはロイヤル・アルバート・ホールでの、カビー・ブロッコリ追悼の集い。

ロジャー・ムーアの優しさ、慈愛の心に触れることができたのは光栄だったと結んでいます。

私が愛したスパイ 追憶のロジャー・ムーア

映画007シリーズでジェームズ・ボンドを演じた俳優はこれまで6人。誰が一番のボンドか、ファンであれば一家言あるだろうが、雛鳥の刷込理論は007ファンにも大抵通用する。当時はロジャー・ムーアの時代で、私はロジャー・ムーア世代。初めて観たムーア作品は第10作『007/私を愛したスパイ』。映画館の大スクリーンで……と言いたいところだが、小さなブラウン管を通してだった。これが007シリーズに惹き込まるきっかけになった。

ロジャー・ムーアは引退後、『007/私を愛したスパイ』を自身作中のベストと語っている。007シリーズでプレタイトル・シークエンスが度肝を抜くアクションを本格披露するようになったのはこの作品から。雪山で美女と過ごしている最中、セイコーの腕時計に本部から指令が届く。スマート・ウォッチの先取りだが、メッセージは液晶画面でなく何故かテープとして打ち出されてくる(今から観れば完全なギャグだ)。ロッジを出たムーアの呑気にふざけたシタリ顔が笑える。

外で待ち構えていたソ連の暗殺部隊がわざわざスキー中に命を狙ってくるが、ロッジで襲えばよかったのにとか、女が酒に毒でも盛ればもっと簡単に済んだはず等、そんな邪推は不要。画面とうまくマッチさせたマーヴィン・ハムリッシュのディスコ調アレンジ『Bond 77』をBGMに逃れるムーア=ボンド。崖からジャンプしたボンドは地面に吸い込まれるように落ちていく。そして静寂の中、パラシュートがバサッと開くとスパイとしてはありえないド派手なユニオン・ジャック柄が広がり、ファンファーレのごとく『ジェームズ・ボンドのテーマ』が鳴り響き(後のロンドン五輪開会式ではエリザベス女王とダニエル・クレイグがこのシーンを見事に再現)、ムーアが一番のお気に入りだというカーリー・サイモンの『Nobody Does It Better』が流れる。

中盤の見所はカー・チェイス。ロジャー・ムーアの運転する白いロータス・エスプリがバイク、車、そしてヘリコプターの追撃を受ける。ヘリを操るのは敵ボスのお色気担当秘書ナオミ。大きな瞳をウインクさせると、ムーア=ボンドは首を傾ける会釈で応える。命を狙われている最中でも、シリアスさを中和するクッション的なカットが挿入される。

元祖であり教祖でもあるショーン・コネリーからシリーズに入った古くからの007信者にとっては、ロジャー・ムーア版はコミカル過ぎて、その耐えられない軽さに批判が集中した。ムーアもそれは重々承知で、こう反論している。世界中に顔や名前が知られたスパイなんているのかと。つまり007シリーズは初めから虚構の世界。リアリズムを追求するほど誰も観に来ない地味な映画になる。だったら開き直って娯楽の道を徹底追求しようと考えた。

サブマリン・モードのロータス・エスプリが海面から姿を現し、ムーアが魚をつまみ出す場面がある。防水仕様のエスプリに魚が入り込む隙間はなく、本来は辻褄が合わない。変だと文句をつけたプロデューサーに、ムーアはこの方が「映画らしい」と主張。結局、魚なしと有りの2バージョンの試写が行われ、笑いをとった後者が採用された。どうすれば観客がもっと喜んでくれるか。そう考え続けた上に出した答えがムーア版007映画として出来あがった訳だ。

ロジャー・ムーア版007映画がコミカルで軽くなった理由は、まだある。それはムーア自身がユーモア好きでコミカルな人物だったからだ。台本は本人の性格を反映している。本番でわざとズボンをずり落としてみせたり、脚本を書き換えて共演者にニセの台詞を言わせたり……。彼のいたずら好きは有名で、スタッフも用心するようになったが、場を和ませようというムーアの配慮があった。ムーアほど「素」で演じる、裏表のないハリウッド・スターは珍しかったのではないだろうか。ある意味、ロジャー・ムーアは007映画の中でもロジャー・ムーアを演じていたのかもしれない。

そして人格者としても知られるロジャー・ムーア。007シリーズ勇退後は亡くなるまでの26年間、ユニセフ親善大使を務めた。無償で世界の子供達を訪ね続けた。ジェームズ・ボンドを演じていた頃、現実世界の問題から目を背けていた自分に気がついたという。007映画の撮影でスターとして滞在したロケ地に親善大使の立場で再訪問。同じ街にも光と陰がある現実を知る。一人ひとりの世話を直接することはもちろんできないが、ボンド俳優としての知名度を活用。世界に子供への支援の必要性を訴えかけた。映画の中では人類を大量殺戮の危機から救っていたが、現実の世界でも苦しむ子供たちを助けるヒーローだった。

大英帝国勲章KBEを女王陛下から授かり、「サー」の称号を得たのもこの人道活動が評価された結果だ。ユニセフ活動のきっかけは友人からの誘いだったが、思いやりの心は彼の幼少時代にルーツがある。ある時、ロジャーの母がこう言った。「靴が無いと私は泣いていた……足の無い人に会うまでは」。自分への戒めと他者への慈愛はこうした家庭環境で育まれたのだろう。

初めてロジャー・ムーアに会えたのも、ユニセフが主催したチャリティー・ディナー。少年だった私は既に中年。しかし、目の前に姿を現したロジャー・ムーアはあの『007/私を愛したスパイ』と同じくダブルのタキシードを着こなしていた。正に映画の中のジェームズ・ボンドそのままだった。

途中でゲストのシャーリー・バッシーが立ち上がり一曲披露。ムーアはその後、出席者にユニセフへの協力を訴えた。回される募金箱に皆それなりの金額を入れていたが、ここで困ってしまった。現金の持ち合わせがほとんどなかった。鞄を紛失するというトラブルのおかげで、タキシードに財布を入れないまま慌てて会場へ向かってしまったのだ。ムーア直々のリクエストに応えられなかったのは残念でならない。

ディナー中には競売もあり、やはりゲスト参加のブロッコリ・ファミリーがパインウッドでの007映画撮影見学の権利などを出品していた。財布があったとしても、ここで全額使ってしまい、寄付どころではなくなっていたかもしれない。

宴は夜遅くにお開きとなったが、ロジャー・ムーアはまだ会場の片隅に残っていた。他のゲストはいなくなり、スタッフが後片付けを始めていたが、二人のおしゃべりなファンにつかまってしまい、長々と立ち話していたのだ。既にそれなりの年齢で、体力的にもキツかったはず。嫌な顔もせず真摯にファン対応する紳士。これこそ、私が愛したスパイ。彼らの話が終わるのを待っていたが、あまりの長話に耐えきれず、無礼を詫びつつ割り込んでロジャー・ムーアに話しかけた。短い挨拶だけだったが、最後に「Thank you very much」と言ってもらえたのは、今でも良き想い出である。

ロジャー・ムーアへボンド・ガールが追悼メッセージ

故ロジャー・ムーアに、共演した007シリーズ7作のボンド・ガールがそれぞれ追悼文や追憶のコメントを寄せています。

ジェーン・シーモア(『007/死ぬのは奴らだ』ソリテール役)
ロジャー・ムーアが亡くなったことを知り、打ちひしがれています。初の大役となったボンド・ガールは未知の恐ろしい世界でしたが、ロジャーが手を取って順に導いてくれました。仕事の倫理や謙虚さを教えてくれました。彼はとてもおもしろく、優しく、誰にも思慮深い人で、映画スターとはどんな存在か、どうあるべきかを教えてくれました。生涯をかけたユニセフの仕事を通じ、人道主義者であることの本当の意味を示してくれました。彼は私のボンドでした。

マデリン・スミス(『007/死ぬのは奴らだ』ミス・カルーソ役)
私はベッドインした最初のボンド・ガールで、ロジャーが個人的に抜擢してくれたことを、後に本人から聞かされました。二人はベッドの上だけでなく、ワードローブでも仲良くなれました。彼はとてもリラックスしていて、カセット・プレイヤーを持ち込んで007のテーマを流して皆を感激させてくれました。

ブリット・エクランド(『007/黄金銃を持つ男』メアリー・グッドナイト役)
私のボンドが去ってしまい、深い悲しみに包まれています。ロジャーはボンドそのもので、機知に富み、洗練され、エレガントで愉快な人でした。

バーバラ・バック(『007/私を愛したスパイ』アニヤ・アマソワ役)
ロジャーと仕事ができて光栄でした。彼は優しく良い人でした。本当の紳士です。平穏と愛、そしてお悔やみを奥様とご家族へ。

キャロライン・マンロー(『007/私を愛したスパイ』ナオミ役)
ロジャーの悪口を言う人はいません。本当の紳士で、頭のいい俳優でした。共演者にもスタッフにも気軽に接していました。素晴らしい経験でした。ジョークを放った次の瞬間、彼はボンドを演じきっていました。

コリンヌ・クレリー(『007/ムーンレイカー』コリン・ダフォー役)
深い悲しみに暮れています。彼は本当の紳士でした。優しくプロフェッショナルでした。私がうまく出来るよう、気を配ってくれたことを覚えています。私の英語にはフランス訛りがありましたが、それが選ばれた理由なのだから心配しなくてもいいと言ってくれました。いつも穏やかで声を荒げることもありませんでした。魅力に溢れていました。

キャロル・ブーケ(『007/ユア・アイズ・オンリー』メリナ・ハブロック役)
とても愉快で、優れた俳優は皆そうであるように気さくな人でした。

モード・アダムス(『007/オクトパシー』オクトパシー役)
サー・ロジャー・ムーアは中身も外見も美しい人間で、深い知性、鋭いユーモア、他人への厚い思いやりがある人として記憶に残っています。彼と仕事ができ友人であったことは人生の幸運でした。とても悲しくなります。

タニア・ロバーツ(『007/美しき獲物たち』ステイシー・サットン役)
今日ロジャーが亡くなったことを知りとても残念です。『007/美しき獲物たち』で共に仕事ができ、とても楽しかったです。彼はいつも冗談を言っていて、共に仕事ができて光栄でした。素晴らしい人でした。

ロジャー・ムーア主演『007/私を愛したスパイ』『007/ユア・アイズ・オンリー』が世界で劇場上映へ

配給会社 Park Circus(2017年5月26日付)はロジャー・ムーアの追悼として、『007/私を愛したスパイ』(1977)と『007/ユア・アイズ・オンリー』(1981)を世界の映画館で上映すると発表しました

この2作は最近4K修復されたもの。売り上げの半分は、ロジャー・ムーアが親善大使を務めていたユニセフへ寄付されます。

上映される映画館は Odeon Cinemas(イギリス)、AMC Theatres(アメリカ)、Hoyts(オーストラリア)で、2017年5月31日から上映開始。他地域での上映計画については、後ほど発表される予定です。