タグ別アーカイブ: 訃報

ペッパー保安官役のクリフトン・ジェームズ氏が死去 007シリーズ2作に出演

The Guardian(AP、2017年4月15日付)によると、アメリカの俳優クリフトン・ジェームズさんが4月15日、オレゴン州にある娘の自宅で亡くなりました。96歳でした。糖尿病を患っていたとのことです。

映画、テレビ、舞台で活躍していたクリフトン・ジェームズ氏ですが、はまり役は007シリーズ2作で演じたルイジアナ州のJ・W・ペッパー保安官。

ペッパー保安官は『007/死ぬのは奴らだ』(1973)で初登場。ジェームズ氏はロジャー・ムーア演じるジェームズ・ボンドに振り回される南部気質丸出しの保安官(シェリフ)を好演。続く『007/黄金銃を持つ男』(1974)でも旅先のタイでボンドに遭遇、危険な目に遭わされていました。象がペッパーを川へ突き落とすシーンは当初意図していたものではなく、ハプニングだったようです。

ジェームズ氏のペッパー保安官役は好評で、『大陸横断超特急』(1976)、『スーパーマン II/冒険篇』(1980)やテレビ・シリーズ『特攻野郎Aチーム』など、複数の作品で保安官を演じました。

ティム・ピゴット=スミス氏が亡くなる 『007/慰めの報酬』外務大臣役

BBC(2017年4月7日付)によると、英国俳優のティム・ピゴット=スミス氏が4月7日、亡くなりました。70歳でした。

ティム・ピゴット=スミス氏は『007/慰めの報酬』(2008)に外務大臣役で出演。007のパロディ映画『ジョニー・イングリッシュ』(2003)ではMI7トップとして登場。その他、日本でも放映されたテレビ・ドラマ『ダウントン・アビー』(2012)にも出演していました。

英国俳優アレック・マッコーエンさん死去 『ネバーセイ・ネバーアゲイン』のQ役

Daily Mail Online(AP、2017年2月8日付)によると、イギリスの俳優アレック・マッコーエンさんが2月6日、ロンドンの自宅で亡くなりました。91歳でした。

アレック・マッコーエンさんは1925年5月26日、ロンドン近郊の生まれ。俳優として主に舞台で活躍しましたが、映画やテレビにも数多く出演。007映画『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(1983)では、不良品の万年筆型秘密兵器をジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)に渡すアルジャーノン(Q)役を演じました。

英国俳優バート・クウォーク氏が死去 007映画3作に出演

BBC(2016年5月24日付)によると、英国俳優のバート・クウォーク氏が亡くなりました。85歳でした。

バート・クウォーク氏は1930年7月18日、イギリス・マンチェスターで誕生。幼少の一時期を上海で過ごした後、再びイギリスへ戻って生活。主な映画出演作には、ケイトー役を演じた『ピンク・パンサー』シリーズなどがあります。

007映画には3作に出演。『007/ゴールドフィンガー』(1964)、『007は二度死ぬ』(1967)、『007/カジノ・ロワイヤル』(1967)でそれぞれ異なる役を演じました。クウォーク氏は後に振り返り、007映画はセットや予算など、とにかく全てが大掛かりでとても楽しい、と語っていたとのことです。

007シリーズ4作品を監督のガイ・ハミルトン氏が死去

Yahoo Movies UK(2016年4月21日付)によると、イギリスの映画監督ガイ・ハミルトン氏が4月20日、スペインのパルマ・デ・マヨルカで亡くなりました。93歳でした。

ガイ・ハミルトン氏は1922年フランス生まれ(両親は英国人)。ショーン・コネリー主演の007シリーズ第3作『007/ゴールドフィンガー』(1964)と第7作『007/ダイヤモンドは永遠に』(1971)、ロジャー・ムーア主演の第8作『007/死ぬのは奴らだ』(1973)と第9作『007/黄金銃を持つ男』(1974)の合計4作で007映画監督を務めました。

このほか、ロバート・ショウ、バーバラ・バック、リチャード・キール、エドワード・フォックスら(以上、いずれも007映画に登場)が出演する『ナバロンの嵐』(1978)、後に5代目ジェームズ・ボンドとなるピアース・ブロスナンが出演の『クリスタル殺人事件』(1980)なども監督しています。

007シリーズのプロダクション・デザイナー ケン・アダム氏が亡くなる

BBC(2016年3月10日付)によると、映画007シリーズのプロダクション・デザイナー、ケン・アダム氏が3月10日、ロンドンの自宅で亡くなりました。95歳でした。

本名 Klaus Hugo Adam 氏は1921年ドイツのベルリン生まれ。10代でイギリスへ移住。『007/ドクター・ノオ』 (1962)、『007/ゴールドフィンガー』(1964)、『007/サンダーボール作戦』(1965)、『007は二度死ぬ』(1967)、『007/ダイヤモンドは永遠に』(1971)、『007/私を愛したスパイ』(1977)、『007/ムーンレイカー』(1979)と、計7作の007映画でプロダクション・デザインを担当。

『007/ゴールドフィンガー』のフォート・ノックス、『007は二度死ぬ』の火口内など、奥行きとスケール感のあるセット作りで知られ、『007/私を愛したスパイ』のタンカー内シーン撮影のためパインウッド・スタジオに建設された当時世界最大のサウンド・ステージ、「007ステージ」の設計にも携わりました。

『007/ゴールドフィンガー』では、アストンマーティンDB5をボンドの車として採用。その頃アダム氏がプライベートで乗っていた車が駐車中に度々バンパーを傷つけられる被害にあっており、DB5にマシンガンを搭載したのは憂さ晴らしになった、と語っていました。007シリーズではこのDB5の登場を機に、ボンドの乗る車が注目を浴びるようになります。

また、『バリー・リンドン』(1975)、『英国万歳!』(1994)ではアカデミー美術賞を受賞。『博士の異常な愛情』(1964)の作戦室は、後にスティーヴン・スピルバーグ監督から「映画史上最高」のセットだと評価されています。

ジョージ・マーティン氏が死去 『007/死ぬのは奴らだ』スコア担当

BBC(2016年3月9日付)によると、イギリスの音楽プロデューサー、ジョージ・マーティン氏が亡くなりました。90歳でした。この一報はリンゴ・スターがツイッター経由で明らかにしたもの。

ザ・ビートルズのプロデューサーとして知られたジョージ・マーティン氏。ポール・マッカートニーが主題歌を手がけた映画007シリーズ第8作『007/死ぬのは奴らだ』(1973)では、スコアを担当しました。

イタリア俳優ガブリエーレ・フェルツェッティ氏が死去 『女王陛下の007』のドラコ役

The Hollywood Reporter(2015年12月3日付)によると、イタリアの俳優ガブリエーレ・フェルツェッティ氏が12月2日、ローマで亡くなりました。90歳でした。

フェルツェッティ氏はジョージ・レーゼンビーがボンド役を務める007シリーズ第6作『女王陛下の007』(1969)で、トレイシーの父親マルク・アンジェ・ドラコ役を演じていました。舞台、映画、テレビへの出演は160作以上に及ぶとのことです。

『007/美しき獲物たち』の俳優パトリック・マクニーさん亡くなる

BBC(2015年6月26日付)によると、英国出身の俳優パトリック・マクニーさんが6月25日、カリフォルニアの自宅で亡くなりました。93歳でした。

パトリック・マクニーさんは1922年ロンドン生まれ。1960年代のテレビ・シリーズ『おしゃれ(秘)探偵』でジョン・スティード役を演じ人気俳優に。ロジャー・ムーア主演の007シリーズ第14作『007/美しき獲物たち』(1985)ではボンドの協力者ゴッドフリー・ティベット卿として出演しました。007シリーズへの出演は同作のみですが、後に007シリーズDVDに収録された特典映像などでは、ナレーターとして活躍しました。

ロジャー・ムーアとはテレビ映画『シャーロック・ホームズ・イン・ニューヨーク』(1976)でも共演。ムーアはシャーロック・ホームズを、マクニーさんはドクター・ワトソン役を演じています。

映画007シリーズ製作会社を3度売買したカーク・カーコリアン氏が死去

複数の米メディアによると、アメリカの投資家カーク・カーコリアン氏が2015年6月15日、ビバリーヒルズの自宅で亡くなりました。98歳でした。

カーク・カーコリアン氏は1917年カリフォルニア州生まれ。航空業と不動産業で財を成した後、1969年に映画会社MGMを初買収。この当時のMGMは映画007シリーズと無縁のスタジオでしたが、1981年に007シリーズ製作会社であるユナイテッド・アーチスツ(ユナイト=UA)を買収、2社を合併させMGM/UAを形成、その実質的なオーナーとなります。

1986年、カーコリアン氏はMGM/UAをテッド・ターナーに売却しますが、その数ヵ月後、財務問題を抱えていたターナーからMGMの商標や一部資産とユナイトを買戻すことに。この結果、カーコリアン氏の手に戻った後もMGM/UAの社名は存続しますが、MGM旧作の権利は失います。一方で、007シリーズ、『ロッキー』、『ピンクパンサー』等のユナイトのライブラリーが手元に残ることになります。

1990年にはMGM/UAをイタリアの投資家ジャンカルロ・パレッティに売却。しかし1992年、クレディ・リヨネが多額の債務を抱えていたパレッティからMGM/UAを取得(社名はMGM/パテに変更)。そしてカーコリアン氏は1996年、クレディ・リヨネからMGM/UAを再買収します。なお、MGM/パテ時代は007シリーズ放映権などを巡り、同シリーズ著作権管理会社のDanjaqから訴えられることになり、カーク・カーコリアン氏をも巻き込んだ裁判が続いたため、1989年の『007/消されたライセンス』から1995年の『ゴールデンアイ』まで、6年間の空白期間が007シリーズに生じる原因ともなりました。

2005年、カーコリアン氏はMGM/UAをソニー率いる企業連合に売却、終にMGMを手放します。この間、007シリーズ製作においては、2002年の『007/ダイ・アナザー・デイ』から次回作『007/カジノ・ロワイヤル』が封切られるまでに4年間を要することに。MGMは2010年に一旦破産法の適用を受けた後、債権者らによって経営が続けられることになり、今日に至ります。

カーコリアン氏はMGM買収により、その商標をラスベガスのカジノ事業で活用したことでも知られています。

参照
Kirk Kerkorian, Three Times the Owner of MGM, Dies at 98 (The Hollywood Reporter, 2015年6月16日)
Kirk Kerkorian Dies: Former MGM Owner Was 98 (Deadline, 2015年6月16日)
007 Producer Fires Legal Salvo At MGM (Variety, 1991年2月17日)
Kirk Kerkorian, Wheeler-Dealer Who Owned MGM Three Times, Dies at 98 (Variety, 2015年6月16日)
How Kirk Kerkorian Gambled Big and Changed Entertainment (Variety, 2015年6月16日)